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<セミナーレポート> 第2回タイプデザインコンペティション特別セミナー 「タイプデザイナーの視点」

2014年1月21日に開催した第2回タイプデザインコンペティション特別セミナー「タイプデザイナーの視点」のレポートをお届けします。

■ 似て非なるもの Similar but Different - サイラス・ハイスミス氏

● “描く”のが仕事

Font Bureau社でタイプデザイナーとして活躍するサイラス・ハイスミス氏は、ロードアイランドスクール・オブ・デザイン(RISD)において書体制作について教えています。また『欧文タイポグラフィの基本』(グラフィック社)の著者としても知られる存在です。

ハイスミス氏は冒頭、次のように話します。

「“あなたの仕事はたくさんの読者が求められますか?”と聞かれたら、最初の答えは“NO”です。確かに1日中文字を見ています。しかしそれは、読書とはまた違ったことではないかと思います。もちろん、本を読むのは大好きですけど、それは仕事ではありません。また、短いとはいえ丸々1冊の本を書きましたが、“書く”ことは私の仕事ではありません。“描く”のが私の仕事です」

● 書体作りと版画は似ている

ハイスミス氏は唐突に、スクリーンに人物画を映し出しました。
「学生の肖像画を、即興で描くことを始めました。なぜなら、私は人の名前を覚えるのが得意ではないのです。名前を覚える替わりにこうして似顔絵を描きました。やがて肖像画についての関心が高まり、公園や空港で人物を描くようになりました」

そしてハイスミス氏は、娘と姪の肖像版画を見せます。版画は、サイハラス氏が真剣に取り組んでいるもののひとつです。

「若い頃に版画と出会ったときは、これこそが自分のやりたいことだと感じました。しかし、理論と政治から抜け出せない美術より、グラフィックデザインのほうが実践的でストーリーがあり、大人っぽいものだと思いました」

グラフィックデザインに魅力を感じたハイスミス氏は、それをきっかけにタイポグラフィの世界に入り込むことになりました。版画と書体作りの共通点があると言います。

「輪郭のある文字を描くには、カタチだけが重要です。そしてこの作業を通じて“描く”ということを学ぶことができます。それまでも上手にはなっていましたが、文字を描くことでより核心に近づくことができました。書体制作は版画に似ています」

ハイスミス氏がキーワードとして挙げたのは「組み合わせること」そして「反復すること」。このふたつが、書体制作と版画の似ている点だと言うのです。

● 書体制作の3つのアプローチ

ハイスミス氏は、書体制作には3つのアプローチがあると話します。

1つめは、歴史に基づくもの。「新しい書体の多くは過去のものをベースにしている」「アイディアは過去から得ることができる」と、ハイスミス氏は言います。しかし一方で「過去の素材には限りがあり、似通う可能性が高い」とも話します。

2つめは、カリグラフィ的なもの。カリグラフィ的なアプローチで「ただしい書き順や角度を学ぶ」ことは良いことだと、ハイスミス氏。「カリグラフィの約束を無視して良いものはできない」とも言います。しかし「すべてをカリグラフィー的にすると、今度はそれが制約になってしまう」とも言います。

そして3つめのアプローチ。それは「使われ方から考える」というものです。「具体的なほどうまくいきます。機能より深いところ、役割を考えます。タイプデザイナーの仕事はタイポグラフィの創造であり、表現するためのパーツを作成することです」と、ハイスミス氏は話します。

「このやり方には面白い副作用があります。ひとつの目的のために書体を作ると、用途を制限することになるかもしれないが、少なくともひとつの用途はうまくいく。そして強い書体であれば、異なる組み合わせでも活きてくるのです。ひとつの用途にデザインされた書体が、想定外のさまざまな要素の使えることがあります」

ハイスミス氏は、実際に自身が手がけた書体の例をいくつか示しながら説明して行きました。

次々と話題を変えてテンポ良く話を進めていく、ハイスミス氏。自身の著書のこと、肖像画、版画、そして書体作り。ハイスミス氏の中では、それぞれが「似て非なるもの」であり、しかし密着に繋がっているものであることを、窺い知ることができました。

 

■ 書体を作るということ – 西塚涼子氏

第2部では、アドビ システムズにて書体制作に携わり、過去のタイプデザインコンペティションでの受賞歴もある西塚涼子氏が、自身の書体制作について話しました。

● 藤原定家の直筆が運命を変えた!?

西塚氏がアドビに入社したのは、「小塚明朝」の開発が終盤にさしかかった頃。アドビでは「りょう」や「かづらき」といった書体を手がけてきました。1999年には「ブランチレター」で、タイプデザインコンペティション・佳作を受賞。また、2002年には「汀花」で銀賞を受賞しました。「かづらき」は、「汀花」を発展させたものです。

「書体制作の資料がほとんど残っていない」と笑って話す西塚氏。「ブランチレター」で角丸を表現したプロセスを紹介します。また、ブランチレターは右上がりになっているのが特徴ですが、横線が並行する場合、角度はそれぞれ変えており「これがとても手間がかかる」と話します。しかしその手間をかける理由は明快で「横線を右広がりに角度をつけないと、機械的に見えてしまうんです。“書”という文字も、第1画と第2画も全部角度を変えて右広がりにした後で、強弱をつけています」と説明します。

「汀花」のきっかけは、大学4年のときと話す西塚氏。何をテーマにタイプフェイスを作るか調べていたときに出会ったのが、藤原定家の直筆でした。「大学4年のときから15年以上も引きずり回すことになる、まさに運命の歯車が変わったとき」と言います。卒業制作では、ツメ情報など機能も含めて提案を行いました。ただし、フォント制作環境が現在とは異なり、「無い技術を越えての提案が難しかったです。そこから(汀花を経て)“かづらき”にするまで15年かかりました」とも話します。

● 常に「かわいい」を考えてきた

西塚氏は、どういう文字が好きなのか。「私は長い間、おしゃれとか、かわいいといったことを考えてきました。何か人間的なものの中に、かわいいというものが潜んでいるのではないかと思います」と話します。

では何がかわいいのか。西塚氏は「整っていない」「自由奔放すぎる」「現代で見ない形」「古い、または古く見える」「印刷が悪い」「子供っぽくて大人っぽい」といったキーワードを挙げていきます。そして「ダサいとかわいいは紙一重」とも。

西塚氏は、既存のフォントでは「丸明オールド」や「墨東」「あられ」などを「かわいい、しかも使い勝手も良い文字」の例として挙げました。また、フォントではなく手書きでは、河野鷹思、早川良雄、山名文雄、武井武雄、竹久夢二といった人物の名を挙げました。また「グラフィックデザインだけでなく、瓦版の文字も、かわいい」と言います。また、近年書道教室に通うようになって「書の中にも、かわいいと感じる。きっと定家も、当時の私の基準で“かわいい”と思ったのでしょう」と振り返ります。

そして西塚氏は「古いもので、真四角よりはダサくなっているものや圧縮がかかっているもの、自分では想像のつかないものを“かわいい”と言っているように思います」と、自己分析します。

● タイプデザインコンペティションの意味

そういった「かわいい」に、使い勝手を加味したのが「ちどり」ファミリーです。「タイトルだけではなく、キャッチや絵本程度の文章にも使えること、『かづらき』よりも早く開発できること」を条件に進めたとのこと。

「ちどり」はタイプデザインコンペティションに出品されました。受賞は逃しましたが「タイプデザインコンペティションは、構想段階のフォントをカタチにする良い機会。これを続けてもらわないと、良い書体が世に出る機会が減ってしまう」と、西塚氏は話します。

そして最後に、西塚氏はこんなふうに話します。

「ずっと、フォントデザイナーになろうとは思っていなくて、日本語のロゴを作るグラフィックデザイナーになりたかったんです。最近やっと、タイプデザイナーとして生きて行こうと決めました(笑)言語が消えない限り、タイプデザインはなくならないと今さらながら思いました。供給過多になったとしても、言語は文字を必要としていて、新しいものが求められます。技術が進歩しても、前に行っても後ろに行っても歴史が無駄にならないのが、タイプデザインの面白いところなのです」

 

■ デザイン書体づくりの現場 – 七種泰史氏

数多くのデザイン書体を手がけてきた七種泰史氏は、第6回モリサワ賞国際タイプフェイスコンテストにおいて、金賞と審査員賞を受賞しています。今回の講演テーマは「デザイン書体づくりの現場」。ベーシックな書体でとは異なるデザイン性の高い書体を制作する上で、七種氏が取り組んでいること、そして書体に込められた背景について話しました。

● 重要なのは“はらい”と“はねあげ”

「本文書体は読ませる書体であるのに対して、見出し書体は見せる書体。デザイン書体には、言葉の背景や状況をイメージさせるもの」と話す七種氏。文字作りで重要な要素について、次のように話します。

「もっとも大事なのは、エレメントの中の“はらい”と“はねあげ”です。このふたつをうまく組み合わせることで、文字に表情が出ます」

そして七種氏は、スクリーンに“はらい”と“はねあげ”によって文字の表情がどう変わっていくのか、そのサンプルを示します。ハライをどんどん伸ばしていくとどうなるか、はねあげを強くするとどうなるか、逆に弱くするとどうなるか、その加減と表情を見せていきます。

“はらい”と“はねあげ”によって、黒いスペースと白いスペースの関係が変化していくわけです。「自分はなるべく、力を入れない、抜けたような感じを出すことを心がけています。ベタ組みにしたときに、空間が活きるような……空気感、風通しの良さのようなものを、意識しています」と、七種氏は言います。

● 文字を作る「背景」を重視する七種氏

では、“はらい”や“はねあげ”の組み合わせで文字の表情を作る上で、そもそも発想のベースになっているものはなんでしょうか。七種氏は、文字の「背景」について、話を進めます。最初に例として示したのは「はるひ学園」でした。

「はるひ学園は、学校生活をイメージして作った書体です。学校生活の中では、大きい人、小さい人、頭のいい人、勉強はできないけど運動が得意な人……そういう人たちの集まりだ感じたんです。そこで“でこぼこだけど、まとまっている”というイメージで制作に取りかかりました。この書体を作っていた14〜15年前は、若者の間で股上の浅いファッションが出てきた時期でもあったので、そのイメージも盛り込んでいます。極力縦にはらうようにしているのが特徴です」
でこぼこした日本語の書体を組んだとき、どういう印象になるのか。七種氏は「全体を通して考えることが重要」「文字は組んでみて特徴が見えてくる。白と黒の強弱をうまく使うことが大事」と話します。画数が多い文字はどう処理するのか、空間が大きいひらがなはどうするのか……そういった具体例を次々と解説していく七種氏。

例えば「ハイカラ」と「バンカラ」は、似て非なる背景を持った書体です。

「バンカラは、東京に出てきて神谷バーで飲んでいたとき、かっこいい親父さんたちが飲んでいたのを見て、そういう、現代版のハイカラなものを作ってみようと思いました」と話します。一方で、「バンカラは、立ち飲みで飲んでいるイメージ。九州では角打ち(かくうち)と言いますが、酒屋の店先で乾きものを食べながら酒を飲んで帰る……といった、遊び心を表現してみました」と言います。

壱岐の島出身の七種氏。「ハイカラ」と「バンカラ」には、自身の上京前/後の「お酒を飲む」という体験がベースにあることを教えてくれました。

七種氏のWebサイトでは、このセミナーでスクリーンに映し出されたのと同じ、デザイン書体の見本を見ることができます。文字組サンプルに用いられている文章は、いかにもサンプル的なものではなく、書体ひとつひとつに合わせて用意されたものです。そして、直接的な説明こそありませんが、その書体の「背景」を知ることができる文章です。

文字が見せる表情、そして今回七種氏が解説してくださった、その背景について思いをめぐらせてみれば、デザイン書体の選択はより楽しい作業になることでしょう。